むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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ブラックメタルとハードコアの接続 -Red and Anarchist Black Metal


拙著『ポストブラックメタル・ガイドブック』でも度々名だけ記載してあるRed and Anarchist Black Metalについて、少し書きました。
『ポストブラックメタル・ガイドブック』の拡張コラムとして楽しんでいただければ幸いです。



様式美というものが支配的にあるにせよ、左右イデオロギーとは一定の距離を置いている印象のあるヘヴィメタル
その中のジャンルの一つ、ブラックメタルは、ヘヴィメタルの中でも珍しく思想や主張が前に出て語られます。
さらに、ブラックメタルを履修する上で、好みの差はあるにせよ、誰しも一度はかすったことがあるだろうサブジャンルのNSBM(National Socialist Black Metal)。
このNSBMの一部思想に組み込まれているナチズムや国粋主義と、そしてそもそものブラックメタルの根幹たる反キリスト思想や悪魔主義(現在は形骸化している印象もありますが)はしばしば混同され、サブスクリプションサービスや各種DLサイトから目の敵のようにBANされたり、なぜか十把一絡げに批判の的にされているのはよく知られています。少なくとも、ブラックメタル=NSBMではないです。たまに混同して批判しているのをSNS上などで見かけることがありますが、これは声を大にして前置きしておきたいですね。
とは言っても、多くの重鎮が過去にはまあまあ過激で線を越えた発言をしたりしているのは否定できないのですが。
そのNSBMに対するカウンターとして、RABM(Red and Anarchist Black Metal)が近年ポストブラックメタルなどを中心に存在感を増しているのはご存知でしょうか。
Bandcamp上でも、このタグをつけるバンドたちが結構増えてきています。
NSBMが右なのに対し、RABMは左。現行のバンドの多くが、アナキズムを表明しているかは少し疑問ですが、反ファシズムやLGBTQなどの思想を根幹に置いています。(ただ、彼らの表明を見る限りでは、昔のそれとは違って反NSBMというよりは単純に反RAC(*①)のような印象も受けます。NSBMがレイシスト的言動が多いのも事実ですが、それ以前に排他的なので真意が掴みづらい)。
また、Mayhemのユーロニモスも、今となっては真偽は不明ですが、自身を共産主義者だと喧伝していたこともあるようで。ではMayhemはRABMか?と問われると、それは違いますよね。
そもそも、ブラックメタルが生まれた裏でクリスチャンブラック(アンブラック)が息づいていたように、NSBMという概念が出てきたと同時にRABMという概念が出てきても何らおかしくないです。
音楽スタイルはNSBMがある種伝統的なブラックメタルの枠で表現を追求している感触であれば、RABMはよりボーダレスであり、これといったスタイルに固まっているというわけではないようです。
とは言え、様々なバンドを聴いていけばわかりますが、ある程度音の指向性が絞られていて、大きくは2つほど。


1つはクラストパンクやハードコアに寄せたもの
もう1つはアトモスフェリックブラックメタルに近い、あるいはそのもののスタイル


特に前者がもともとのRABMバンドに多い傾向であったことは知られています。
ハードコアとエクストリームメタルは親和性が高く、ポストブラックメタルでも帝王的存在Deafheavenはそもそもの出自がハードコアであり、激情系の旗手として認識している方も多いかと思われます。
かといって、DeafheavenがRABMとは言えず(ポジションとしてはリベラル側だとは思いますがイデオロギーを前に出してはいません)、彼らが祖というわけでは決してありません。
2002年頃に台頭したクラストとブラックメタルを組み合わせたスタイルで話題を集めたカナダのブリティッシュコロンビア出身のIskraが現行のRABMの源流にあるようです。
そして、2002年前後、クラストとブラックメタルが急速に交配合していきます。
ダークなハードコアの急先鋒となったTragedy『Vengeance』(2002)、Cursed 『One』(2003)、From Ashes Rise『Nightmares』(2003)といった作品群は、スペインのEkkaiaやIctusらネオクラスト隆盛のきっかけの一つとしても知られています。
このネオクラストは、ブラックメタルとクラストを組み合わせたようなスタイルであることも多く、そうしたスタイルを取るバンドはブラックメタルの特徴、ブラストビートやグリムヴォーカル、冷たく邪悪なメロディーラインなどを踏襲しているんですね。
ジャンルのクロスオーバーが進んでいった結果として、フランスのCelesteやドイツのDownfall of Gaiaといった、激情ハードコアに軸を置き、またブラックメタルとしても聴けるバンドが非常に増えました。
彼らの成長と発展と共に、ポストブラックメタルにもハードコアの流れを汲むバンドもたくさん生まれています。



そして、Tragedyのメンバーがかつていたバンド、His Hero Is Goneは、RABMの発展に最も寄与したバンドと言っていいかもしれません。
彼らがアルバム『Monuments to Thieves』をリリースした1997年前後が、RABM発祥だとする見方が強いです。
RABMの主要ジャンルにアナーコ・パンクが横たわっていることも、このバンドが祖の一つだと言える証左と考えられます。
また、精神面では真逆の主張をすると思われるでしょうが、実際は表裏一体であり、例えば「キリスト教的世界観や宗教観という権威からの脱却あるいは解放」というものが、ブラックメタルのサタニズムの根にはあると考えられます。
この「権威からの解放」という思想が肝であり、パンクの精神性とも結びつけられる、というのが私の解釈です。
そのため、ブラックメタルバンドがアナーコ・パンクの精神性、クラストと結びつくのも不思議さはあまり感じられないというのが本音ですね。
裏付けるように、イデオロギー的にはフラットなように見受けられるDarkthrone(とは言っても、メンバーは過去にかなり過激なことを言ってはいた)は一時期パンクに傾倒していました。『The Cult is Alive』や『F.O.A.D.』といったパンキッシュでロックンロールなアルバムは、RABMとはおそらく関係のない、自由な発想による実験性からくるものでしょうが、彼らのような重鎮が伝統を破壊するようなパンクのスタイルでブラックメタルを構築していったことは、後続のバンドたちにも大きく影響を与えたのだろうと想像するに難くはないでしょう。


ただし、His Hero Is Goneから影響を受けたハードコアスタイルのブラックメタルが大きくジャンルを支配したかと言うと、それは違うわけで。
現行のRABMバンドの多くは、アナキズムというよりはRACバンドのレイシストと取られかねない過激な佇まいからくる反動のものが多い印象です。
音楽スタイルもかつてのハードコアスタイルとは違う古典的なブラックメタル風のものも増えてきました。
これは何となく、伝統的なブラックメタルへの当てつけのようにも解釈できるのですが、Underdarkのようなポストブラックメタルは、カスカディアン勢に近いアトモスフェリックブラックメタルやブラックゲイズのスタイルでRABMを追求しています。
彼らのようなスタイルがRABMのタグをつけている影響で、RABMが増えた、という印象はあります。Undardarkに限って言えば、アナキズムや反ファシズムに根差した歌詞を書いてるので、由緒正しい(?)RABMだと言えるでしょうか。
彼らのようなバンドがRABMに今後増えてくると考えると、そもそものRABM(仮にオールドスクールと呼ぶ)と潮目が変わってくるような感覚はあります。
個人的には音楽はまず音ありきなので思想や主張は後から見返すことも多いのですが、アトモスフェリックブラックメタルで物凄くファンタジックな音を出しているけど歌詞はめちゃくちゃにポリティカル、なバンドが増えてもおかしくないわけです。
Underdarkのように表現をぼかしたり詩的にしたりして、といった工夫が見られるものもいますが。
ポストブラックメタルにRABMが増えてきた、と思うのも、Downfall of Gaiaのように反ファシズムを公言しているバンドが巨大になってきた、というのはあるかもしれません。

デスメタルへの反発や古典的なスラッシュへの憧憬や回帰といったものがブラックメタルには透けて見えるのですが、それがハードコアの精神性とも結びつき、リベラル的な思想を宿す、という流れは非常に興味深いものを感じますね。


(*①)
Rock Against Communismの略。「全体主義的な反共産主義のパンクやブラックメタル・バンドによる政治運動。白人至上主義の極右バンド群」



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