むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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涼に冷え、怪を重ねて談と成す。/ 8.9『怪涼重畳: 陰ノ刻』

8月9日、京都にある京都創造ガレージ「水畳九涼」企画の怪談会『怪涼重畳』に行って参りました。
大変素晴らしい、記憶に残る怪談会でしたので、記録として記しておきます。


怪談会『怪涼重畳』は、昼の部「陽ノ刻」、夜の部「陰ノ刻」で構成される怪談会。
「陽ノ刻」は、
Apsu Shusei(文様作家 / 怪談蒐集家)
田中俊行(オカルトコレクター / 不思議大百科)
「陰ノ刻」は、
Apsu Shusei(同上)
深津さくら(おばけ座)
河野隼也(妖怪造形家 / 妖怪文化研究家 / 妖怪イベントオーガナイザー)
ウエダコウジ(怪奇少年団)
クダマツヒロシ(くだぎつねの会)
ワダ(おばけ座)
の計7人の怪談師が織りなす怪談会。筆者は「陽ノ刻」には行けなかったため、当エントリーは「陰ノ刻」について書いている。
7人とも関西を中心に活動している(た)が、現在はその枠を飛び出して全国的に認知されている怪談の語り手たちだ。
Apsu Shuseiさんの呼びかけに応じて招集されたと言っていたので、主催に近いのはおそらくApsu Shuseiさん。
氏は、出自的にも怪談をアートとして昇華するための場の選び、構築、演出の表現に長けている印象がある。
今回の舞台「京都創造ガレージ」は、まさに総合演出面も目を見張る場だった。
個人的には大半の演者は過去にも観たことがあったが、今回初だったのが河野隼也さん。



仕事を終え、現場に着いたのはおそらく18時半過ぎだったと思う。今回は一人だったが、自分のことを知っているらしいフォロワーの方と会話をしていたら、程なく中へ通された。ワンドリンクもチケット代に含まれていたため、何とも良心的な価格である。
もぎりコーナーから地下へ降り、バー併設のステージへ。
まず圧倒される。
圧倒的に視覚を染める青と闇が横たわる冷涼とした空間だった。

写真の青い空間はおそらく水中を模したような空間であり、企画名の「水畳九涼」にかかった空間が広がる。
九つの仕切り、枯山水のように配置された砂利や流木、植物、何とも言えない美しい空間が客を迎えてくれる。枯山水と違うのは、しっかり水が張られていること。
どこか、日常と異なる境目に迷い込んだような、外の喧騒や酷暑などから切り離された快適な空間。この時点で帰りたくなくなった。見事な非日常である。
砂利のところまで客は入っていいとのことだったので、遠慮なく中に陣取った。


19:30開演である。
演者がぞくぞくと着席し、最後にApsuさんが水をかき分け悠々と壇に座る。
トップバッターはApsu Shuseiさん。Apsuさんの語りは、怪異を身に降ろし、場に解けさせるような、静かな語り。登場人物、怪異が入れ代わり立ち代わり彼の口をついて客に浸透させるような、静謐さが持ち味である。
故に、今回の場では一気に怪談語りの場を構築する凄味が相変わらずある。
次は河野隼也さん。氏の語りは第一印象はアカデミックである。特に1話目は、歴史や妖怪などの話を丁寧にしてから、いつの間に本筋の怪談へと滑り込む。いつの間にやら怪異がそばに寄ってくるような、そんな感覚。どこかで味わった感覚だなと思ったら、京極夏彦姑獲鳥の夏』の読後感である。
深津さくらさん。氏の語りは柔らかく、徐々に語りから温度が消えていき、ぽっかりと空いた空間を作るような、そこから声が訥々と響くような。ファニーな話も得意としているが、今回はただただ怖い話をしていた。氏は、衣装やメイクも相俟って怖い話をすればするほど美しさが増すような、魅入られるようなそんな感覚になった。
クダマツヒロシさん。氏の語りはポツポツと、軽妙さを交えながら、グッと温度を下げていく。そのスキルがいつもより際立っていた感覚があった。今回は水場に足をつけたり、遊び心も覗かせるパフォーマンスをしていた。今回は、場の雰囲気に合わせたシリアスなトーンと、少しふざけたような空気も織り交ぜて、クレバーな彼の立ち位置が見える感じだった。
ワダさん。氏の怪談は、乱高下が激しい。今回のイベントの前に、X(Twitter)で、「能力者怪談」と「UFO怪談」の2択でと言っていたが、おそらく2話目は場の空気で、急遽変えたのではないかと思っている。UFOが出なかったから。得意としているのは、怖い怪談よりもどこか変な、面白い話。だが、2話目はストレートに怖い、ヒトコワと怪異が綯い交ぜになる話であった。
最後に、ウエダコウジさん。氏の語りは、普段はゆっくりと丁寧に話しかけてくる。だが、今回は違う。彼の前の演者がことごとくタイムオーバーしていったため、持ち時間が明らかになかった。だから普段の語りを知っている者としては、巻いているなと思った。そして、それが功を奏していたように思う。鋭かった。何だか、ウエダコウジさんの新しい面、次元の一端を垣間見たような発見があった。


前半は、演者がそれぞれ1話ずつ語っていった。おそらく、1時間程度で休憩に入る予定だったんだと思われる。だが、水畳の空気に中てられてか、徐々にタイムオーバーしていき、休憩に入る前には終演時間の21時手前だった。
そのため、後半は延長という位置づけで、短めの怪談を六つ重ね。前半と話す順番が異なり、初めはウエダコウジさんで、最後にApsu Shuseiさん。不甲斐ないのだが、大体の怪談は覚えているのだが、河野さんの2話目だけがキレイに頭から抜けている。所作、表情はありありと思い出せるのに、話だけがぽっかりと。怪談会に参加すると時々ある。これは自分にとっては障りのある話だったのかもしれない、と思うようにしている。
『怪涼重畳』は、聴覚、視覚、そして体温にも訴えかけるイベントだった。青に支配された視界はもちろんのこと、プロジェクションを駆使して観客を演者の領域に引き込んでいく。天井から吊るされた氷柱状のオブジェから実際に水が滴る。ぽたりぽたりと静かに響く音が語りにまとわりつき、聴く者の体感温度を下げる。まるで洞窟の中にいるような錯覚すらある。
そして何より、自分が座った位置のおかげか、マイクの音響が凄まじく良かった。
京都創造スペースは天井が高い。その影響か、声が四方八方に反響しあって降り注いでくるような、そんな不思議な音響。この音響が普段の怪談会と全く違って、非常に神秘的な雰囲気を増幅しているのだ。
この演出をうまく取り込んでいたのがApsuさんと深津さん。
特に、深津さんは2話目の所作が凄まじかった。立ち上がり、水場を歩く時の御姿は、妖艶さを超えて神々しさすら漂わせていた。
深津さくらさんのこの語りは、怪談会に参加するようになってから、おそらくトップクラスに「凄いものを見た」という感想である。これを体感できたことは、自分の中での財産になったほど。
何かが降りてきたような佇まいに、「ああ、これを見たかったんだ」って思えた。



配信がないため、ここからは、覚えている範囲で怪談の感想を。

Apsu Shusei
京都の座敷牢の話
→京都を舞台にした、今から60年70年以上前の話。舞台となる地域でのとある病院の数の多さや、有名な都市伝説であるくねくねに近い何かの話。昔語りのように語られる、とてもおぞましい話だった。これをトップに織り込むことで、明らかに演者の表情が変わったのがわかるほど。Apsuさんの話は、猛烈に風景の匂いを感じるときが多い。
お話をして
→Apsuさんと言えば、世界中の不思議な話である。この話はベネズエラを舞台にした話で、聴くのは2回目。実は、出てくる精霊が、アニメ『無職転生』に出てくるヒトガミというキャラクターの顔のイメージで想像してしまっている。特にこの話は何度聴いても心に残るだろう、すごく好きな話。Apsuさんのアンセミック怪談の一つではないかと思っている。この話もそうだが、Apsuさんの語りには、体験の提供者の匂い、息遣い、空気感まで乗る時がある。特にこのお話は土着性と共に精霊の気配までもが濃厚な時がある。


深津さくら
ロシアの映画
→不思議な話で、とても怖い。特に、映る女性に魅入られてどんどん自失していく様が手に取るように伝わって、静かに恐怖が忍び寄ってくる。自分も映画なり音楽に触れることが多いので、「もしそこに存在しないはずのものに魅了されてしまったら」と考えるととても怖い。音楽でも、とあるギターのフレーズだけが脳裏に浮かんで延々と探し回ることもあるので。
プールの歌
→お父様が子供の頃の話だそうで、今回のイベントでは一番心に残った。家に帰って話中に出てきた歌を調べたりもしたが、検討はついたものの確かに物凄く悲しい、慈しみを覚えてしまう歌でしんみりした。話の怖さもさることながら、プロジェクションの水中を模した様子、何より深津さんが立ち上がった時のただならなさは尋常じゃなかった。おそらく、客は全員魅入られていたように思う。体験者の視点は怖く、大局的に見れば哀感が強い、メランコリックな聴き心地だった。


河野隼也
お化け鏡
→ぬっぺほふの話から一気に、照準を身近に絞って、子供の頃に戻される感覚。出てくる怪異もユーモラスなようで、とても怖い。鏡もやけにリアルに想像できて、学校の七不思議の素朴さ、恐怖の原体験を追体験できた。
※2話目が本当にスパンと綺麗に失念していて、お心当たりあれば、教えてくださると嬉しいです。聴いたものが消える感覚にすらなっていて、ちょっと怖いので。


ウエダコウジ
狐の肉球
→不思議でかわいらしい話で、何度か聴いた記憶があるが、ウエダさんの話では何だか上位にくるくらい好きな話である。いつもよりもポンポンポンとテンポのいい口調で放り込まれていて、余韻も心地よい。その狐に出会ったら、何だか幸せな気持ちになれそうである。この話は何ら怖い要素はない。とても可愛い話なのだが、この時のウエダさんの頭フル回転の様相が伝わってきて、とても鋭かった。
卒塔婆
→わけのわからないものに襲われる。通せんぼされる。映画『NOPE』のような話である、と思う。自分が出くわしたらどうだろう、すごく厭である。考えてもみてほしい。卒塔婆なのである。卒塔婆に邪魔をされる。卒塔婆の主、つまり故人の意思をも感じて嫌ではないか。ディテールは細かく、境界線は曖昧に調整されていて、重低音が鳴るようなお話だった。


クダマツヒロシ
逆さ富士
→九畳に張られた水を見ていて思い出したのかもしれない、とふと思った。逆さ富士を撮りに行った男の、不可解な顛末。怪談として、意味不明な部分が完成されてただただ不気味で怖い話である。不慮の事故で亡くなった後、もし自分のデジカメやスマホ、もしくはPCの画像フォルダに撮ったはずのない、撮られるわけもない事故の瞬間の写真が残る。シンプルに怖い。
バイブレーション
→このお話は、非常に好きな話で、「呼び水」「予兆」に続く、彼のアンセミック怪談だと思っている。話の大枠や全体としての道筋は非常にユーモラスだ。だが、当事者の立場に自分を置き換えた時、間違いなく慄くだろう。仏壇が親機であって、位牌が子機であっても、現象に出くわすと間違いなくビビる。これはもう、断言する。だって、仏間に一人でいるとき、位牌がひとりでに震える。怖いじゃないか。


ワダ
シュンケル
→ワダさんの持つユーモラスな不思議話の中でも、飛び切り人気のある話の一つだと思う。聴くのは2回目だったと記憶しているが、何度聴いてもこの話はいい。心の底から笑える。どこからどこまで本当かはわからないが、自分自身昔は夢想家だったこともあるので、共感性羞恥みたいなものを刺激されることはあるのだが、それでもやっぱり笑えて何回でも聴きたくなるチルアウト怪談である。話の途中でApsuさんの笑いが入るのも良かった。この話は、聴き手のリアクションで、何倍も良さが増すと思う。
黒い女
→今回、ワダさんは2つとも「怖くない話」でいくと思っていたので、不意を突かれた。この話はシンプルに怪談として怖かったし、いわゆる「やべーやつ」が迫りくるヒトコワとしても成立する怖さがある。しかも最後は密室。誰でも遭遇しそうな伝播性もある。怖さで言えば、今回の話では一番怖かった。






おばけ座(深津さくらさん、ワダさん、チビル松村さん、伊勢海若さんによるユニット)
www.youtube.com

くだぎつねの会(クダマツヒロシさん、八重光樹さんのユニット)
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クダマツヒロシの怪談チャンネル
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