むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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ポストブラックメタル入門20枚



拙著『ポストブラックメタル・ガイドブック』を上梓して、暫く経ちました。
お買い上げ下さった方、読んで下さった方、誠にありがとうございます。篤く御礼申し上げます。



拙著にてポストブラックメタルに初めて触れた方もお気に入りの何枚かを見つけられた頃合かな、と思います。
そこで、私が薦める入門作品を20枚ほどピックアップしました。
入門ということで、デジタル含めて入手しやすさも加味して、「掴みやすさ」を重視した選出です。
まだ馴染みがない人にも入口になり得るリストになっていると思います。
お楽しみ頂ければ、幸いです。





1. Unreqvited / Beautiful Ghosts

カナダの俊英による作品。多幸感と寂寥感を同時に味わえる極めてエモーショナルなブラックメタルを構築することに成功したアルバム。煌めくようなギターの目映さやアップリフティングなBPMと合わせて、非常にキャッチーで人を選びにくいと思います。
Voこそ絶叫主体で歌詞があるわけでもないですが、ここまで振り切れば一つの楽器としても機能的です。
暗いわけではない。陰鬱さもほんの少しあるけど、それだけではない。
切なさを湛えた、されどどこか「明るい」本作は、数多くいるブラックメタルの中でも、またUnreqvitedのキャリアにおいても、一風変わった存在感を体得しています。
ようやくUnreqvitedのユニークさが存分に発揮されたような印象です。
メランコリックなアトモスフェリックブラックメタルというような大枠の印象を大きく突き放した会心の出来映えを誇る作品ですね。

unreqvited.bandcamp.com




2. Alcest / Écailles de lune

言わずと知れた、ポストブラックメタルのレジェンドの「人魚の悲恋」をテーマにしたロマンティックな一枚。
元々Rawなブラックメタルだったスタイルが大幅にソフティスケイトした前作は高く評価されていますし、金字塔に挙げられるに足る作品でした。
その前作にブラックメタル本来の攻撃性を揺り戻した本作により、Alcestの特異な存在感はさらに増しています。
本作では、聴く者の魂をも凍りつかせるような、Neigeの凄絶な絶叫も復活。
このハーシュVoを待ち望んでいたファンもいたことでしょう。
Alcestは、はじめからブラックメタルをやり続けているのです。
個人的に、Alcestというバンドをちゃんと知りたければ前作『Souvenirs d'un autre monde』よりも本作の方が根幹を突いていると思うので、こちらを選出しました。

alcest.bandcamp.com




3. Harakiri for the Sky / Aokigahara

音楽の都ウィーン出身の、今やオーストリアを代表するブラックメタルの一つ。
元々デプレッシヴブラックメタル由来の暗鬱なメロディーが武器であり、トレモロの質感も現在に比べるとざらついた印象があります。
ソリッドなドラム回りや、抑揚をつけた絶叫など、メリハリのついた演奏はさらに磨かれています。
バンド名のインパクトを、日本の代表する暗いスポット青木ヶ原樹海を冠したアルバムタイトルで回収した感覚もありますね。
本作は70分を超える長大な作品ですが、ポストロックのダイナミズムを取り入れた展開の妙に、長さを感じさせない力量が伺えます。
2022年には、本作のリレコーディングアルバムも出ています。

artofpropaganda.bandcamp.com




4. 明日の叙景 / アイランド

2022年各所で話題を掻っ攫った本邦ポストブラックメタルを代表すると言い切って差し障りないほど存在感が出てきたアルバム。
夏をテーマに据え、ルーツとなるオタク文化なども恐れず盛り込んだ本作は、大胆不敵という言葉が実に似合います。
サブスク上で公開している彼らのプレイリストからの影響が、比喩なしに全ててんこ盛りとなっているため、源泉を探す楽しみもあるでしょう。
もちろん、激情ハードコアをも飲み込んだ攻撃性はしっかり健在。
ブラックメタルがゲーム等と結びつくのは珍しいことではないですが、美少女PCゲームも取り込む受容力の高さを鑑みるに、改めて懐深さを感じられます。

asunojokei.bandcamp.com




5. Gaerea / Mirage

謎めいた覆面姿や、シュールなコメディっぽい立ち振舞もあれど、楽曲の構築力がずば抜けていることを見せつけたポルトガルの5人組。
線の細いトレモロから一気呵成に圧の強い暴虐的な演奏に雪崩れ込む様は、より説得力を増しています。
陰鬱なメロディーラインはそこまで暗すぎるということもなく、一定以上の掴みやすさがあります。
押し寄せる漣のような感傷を聴く者にもたらすかのようなエモーショナルなトレモロは高い位相で鳴らされ、ポストブラックらしい佇まいを増強しています。
ブラックメタルとしての強靭さもしっかり残されており、Harakiri for the Sky辺りのファンにも訴求する作品だと言えますね。

gaerea.bandcamp.com




6. Adorn / Grace

デモだと侮るなかれ、なほど完成度を誇る伝説的な作品です。
クラシカルで優美なメロディーは夢心地にさせる美しさであり、インストゥルメンタルですがVo不在の物足りなさを一切感じさせません。輪郭がはっきり聴き取れるベースなど、時折バリトンのような感覚を味わえるでしょうか。
薄く伸ばしたようなディストーションが、シューゲイザーブラックメタルの因子を後世に撒いたかのような錯覚もあります。
レーベルの憂き目に遭ったり、不遇な道程でしたが、活動再開&本格化の目処も立っているようで、界隈では最も初のフルレングス作品を待たれていると言っても過言ではないでしょう。

adornmusic.bandcamp.com




7. Aara / En Ergô Einai

中世の戯曲の舞台衣装に見紛う真っ赤なローブと豪奢な仮面の姿が印象的なスイスの3人組です。
悲愴を叩きつける絶叫を操る女性シンガーを核に置き、鬱々とした感情を湧かせるトレモロや確かな圧のあるブラストビートなどで強烈なアグレッションを叩き出すスタイル。
デビュー作である前作からすでに完成されていましたが、本作でもベースを底上げしている印象です。
前作では足りなかった圧も、本作では肉厚になっており、より多くの層に受けるレンジの広さを体得しています。
穏やかなアンビエントや自然音のサンプリングも駆使し、歴史の裏に潜んだものを感じられるような寓話的な作品でもありますね。

aara.bandcamp.com




8. Deafheaven / Sunbather

ポストブラックメタルどころか、ブラックメタルの勢力図すら塗り替えるほど影響を与えた、ゲームチェンジャー的なアルバムです。
ブラックメタルや激情ハードコア、エモなどを貪欲に折衷し、シューゲイザーやポストロックといったオルタナティヴロック的な感性でコーティングしたことにより、狂しいほど激しいのに陽だまりのような温かさを湛えた作品になりました。
特にアメリカのブラックメタルへ与えた影響は大きく、彼らのスタイルに近いバンドや彼らの曲名を冠したバンドが現れるほど。
Deafheavenの台頭により、ブラックゲイズがDeafheavenのスタイルになったことは否定できないと思います。
また、彼らの成功なくしてはポストブラックメタルがここまでメインストリームで拡散されることもなかったでしょう。
ただ本作長いので、聴き通すのに体力は要りますね。

deafheavens.bandcamp.com




9. Violet Cold / Noir Kid

ブラックメタルが様々なジャンルと接合する順応力の高いジャンルであることを証明した作品です。
アゼルバイジャンの独りバンドによる本作は、前作のコズミックでバレアリックな音像からさらに踏み込み、EDMを盛り込んで享楽性をブラックメタルに付与することに成功しています。
その上で、これまでに培ったブラックゲイズやプリミティヴなブラックメタルの素養も残しているので、輪郭はあくまでブラックメタルの体裁を保っています。
EDM要素が過ぎれば単なるダンサブルでコマーシャルな作品になっており、このバランス感覚は異常です。そういう作品であるからこそ「Battle Unicorn」のような曲が鮮烈です。
彼自身飽き性らしく3日と聴き返さないそうですが。

violetcold.bandcamp.com




10. Fen / Epoch

ブラックゲイズにしろシューゲイザーブラックメタルにしろ(両者は同義)、ブラックメタルシューゲイザーやポストロックを意識的に合わせたスタイルは自らが初に近いと自負しているFenの2作目です。
本作は前作を順当にアップデートしたと語る通り、著しくスタイルが変わっているわけではありません。
大きく間を取るようなテンポのアトモスフェリックブラックメタルに、シューゲイザーのフィードバックノイズにも似たトレモロを幾重にも重ねており、ハーシュVoだけでなく、シューゲイザーのウィスパーVoもきっちり織り込んでいます。
バンドの生まれ故郷でもある湿地帯の空気を吹き込まれた、どこかうら寂しい雰囲気はブラックメタルにも合致した作品です。

fenuk.bandcamp.com




11. Karg / Resignation

Harakiri for the SkyのJ.J.によるサイドバンドですが、母体よりもポストブラックメタルに向き合ったようなスタイルが特徴。
淡いトレモロや、静かに淡々と曲を盛り上げるダイナミックな展開は、ポストロック的な轟音としても堪能できます。それに伴い、Voも生々しいハードコアのような張り上げ方で、ブラックメタルのグリムVoというわけではありません。
陰鬱さよりも感傷的でエモいメロディーが主眼に置かれ、メタリックで骨太な演奏にも負けない存在感を示しているのは、Harakiri for the Skyと大きく変わるわけではありません。
ですが、確かな違いはあって、こちらの方が消え入りそうな淡さを感じられます。
ドライヴ感のある演奏やクリアで良好なプロダクションは、ナイーヴな世界観に反して一定以上の聴きやすさを与えることに成功していますね。

karg.bandcamp.com




12. Sadness / I Want to Be There

今やポストブラックメタルでも屈指の人気者になったアメリカの独りバンドSadness。
割と短いスパンでアルバムを出す彼のカタログの中でも、本作は先鋭性と掴みやすさが合致した逸品です。
Sadnessのスタイルは、デプレッシヴブラックメタルを基調にトレモロで構築した轟音を叩きつけるブラックゲイズの側面が強いです。そこに、子供のコーラスを合わせることで聖歌隊のような雰囲気を築いています。
この路線は、本作前後から急速に強まっており、本作ではささくれ立ったディストーションがいい塩梅に浸透しているんですね。
また、6曲で40分程度のランニングタイムも、Sadnessのアルバムでもちょうどいい手の出しやすさです。

sadnessmusic.bandcamp.com




13. Zeal & Ardor / Zeal & Ardor

掲示板の書き込みに着想を得た「ブラックメタルmeetsブラックミュージック」というジョークのような成り立ちですが、セルフタイトルから完全に血肉にした自負が感じられます。
錬金術をモチーフにした魔術的なニュアンスはブラックメタルとして正しく機能的であり、ハードコアに根差したポリティカルな思想も相俟って、今までにないユニークな立ち位置を築いています。
ソウルフルなクリーンの比重は高まっていますが、それはゴスペル由来のブラックミュージックの説得力をブラックメタルに付与しています。また、接着剤としてインダストリアルやニューメタルを用いることで、奇を衒った着想であっても独特の掴みやすさがあります。
それは、このバンドがメインストリームで勝負するに足るポップの素養として表出しているのが興味深いですね。

zealandardor.bandcamp.com




14. Sylvaine / Nova

ノルウェーの才媛による4作目となる本作は、「声」にフォーカスした印象の作品です。
作を重ねる毎にメタリックな強度を増していますが、そのアグレッションは効果的に整理され、一定の聴きやすさを担保する役割になっています。
また、柔らかなクリーンパートも存在感を増しており、静と動のコントラストをより鮮明にしています。祈りの歌声のようにも聴こえる歌声は美しく、雷鳴のように残忍なハーシュVoとの対比も効いて、彼女の音楽のヴィジョンをより明確にした形に仕上がっています。
本作は、ポストブラックメタルにおけるある種の二面性を体現した作品としても頷ける出来栄えで、「だけではない」を如実に表現しています。Alcestにも通じる、現実との境界を曖昧にするような幻想的なサウンドスケープは、ポストブラックメタルに最初に触れる仮定でも、非常に「掴みやすい」アルバムです。

sylvainemusic.bandcamp.com




15. Downfall of Gaia / Aeon Unveils the Thrones of Decay

激情ハードコア、ブラッケンドハードコア、クラストといったハードコアとブラックメタルが接続したことにより、ネオクラスト等の解像度も上がりました。
本作も、それに組する作品であることは確かで、まだまだハードコアの粗暴さが残されており、現在に連なります。
スタスタと小気味よく疾走するドラムやサイレンのようなヒステリックな鳴りのギター、暗鬱なトレモロに乗せて壮絶な絶叫が轟音のように響く世界観は、彼らがブラックメタルにもハードコアにもどちらにも軸足を置いていることがわかるでしょう。
また、ポストブラックメタルはハードコアとも密接に隣り合わせになったジャンルであることも、DeafheavenやCelesteらと並んでこのDownfall of Gaiaを聴くことでも掴めるかと思います。
本作はそんな彼らの作品の中でも、最も深淵を覗き込むような暗さと壮大さが伝わる作品です。

downfallofgaia.bandcamp.com





16. 夢中夢 / イリヤ -ilya-

本作はまだまだポストブラックメタルというジャンルが定着しきる以前の作品です。実は日本にはこの時期にメタルとクラシカルなマテリアルをポストロックのように折衷したバンドがいくつか存在していました。
彼ら夢中夢もその一つで、Emperorを参照したようなシンフォニックブラックとポストロック、ポストクラシカルを接合したスタイルは今聴いても非常にユニークなものです。
特にVoであるハチスノイトによる素朴であり、荘厳な美しさをも内包した歌声はフィメールゴシックのようにも、またアニメソングのようにも聴こえ、ボーダレスな魅力を底上げしています。
情報過多とも言える音の奔流を味わえる本作ですが、確かな疾走感やメタルとしての強度は、複雑な音楽性を複雑一辺倒と感じさせない計算高さも感じられます。
敷居が高いようで、存外キャッチーにまとめられた本作は確かな掴みやすさがあります。

virginbabylonrecords.bandcamp.com





17. An Autumn for Crippled Children / As the Morning Dawns We Close Our Eyes

ブラックゲイズとは何か、を想像する時、意外とAn Autumn for Crippled Childrenは想像する音を忠実に聴かせてくれます。
淡い輪郭を縁取ったトレモロによる可憐なメロディーや、疾走するドラム、決して気を抜かせない絶叫といった具合に。
彼らの作品は、実のところどの作品から入っても抱く感想はそう変わらないのですが、本作は最も小気味よさを重視したような作風で、コンパクトにまとまっていて、非常に薦めやすいです。
それでいて、1曲目の軽快さから2曲目のメランコリックな重たさへ繋げる展開など、丁寧に作られた構築美のようなものも感じられるでしょう。
メンバー自身も謎めいていてインタビューを除けば表にほぼ出てこないため、純粋に作品と向き合いたいという方でも作品以外のノイズは入りません。
何せ、インタビューであっても、メンバーのパーソナルな質問には一切答えてくれないので。

anautumnforcrippledchildren.bandcamp.com




18. Lantlôs / .neon

AlcestのNeigeが加入したこともあっと驚かせた2作目です。
反復を繰り返すリズムアプローチや魂を引き裂くような絶叫はデプレッシヴブラック由来のものですが、本作はそこにじんわりとほの明るいトレモロやジャズっぽいドラムを合わせることでドリーミーなのに殺伐とした世界観を作り出しています。
今ではほとんどメタルではないスタイルに移行しているLantlôsですが、本作を聴けば、メロディーの質感はあまり変わっていないことがわかるはず。
彼らの根幹は、Markus Siegenhortの思い描く「夏」であり、いかに酷薄とした音像であっても、そこはあまり変わっていないです。
ただ、この頃はまだまだブラックメタルの持つ陰鬱さや残酷さが大きく横たわっており、それがうまくコーティングしているため、難解な作品というわけではありません。
ちなみにNeigeは次作で脱退していますが、彼の凄絶な絶叫はこのアルバムで遺憾なく発揮されています。Alcestよりも。

lantlos.bandcamp.com




19. Amesoeurs / Amesoeurs

ポストブラックメタルは、シューゲイザーだけでなく、ポストパンク/ニューウェーヴとも密接に繋がっています。
それは、AlcestのNeigeらが結成したこのAmesoeursが実のところ証明しています。このバンドはブラックメタルにポストパンクを結び付け、「都会の闇」をテーマにしていることからもわかるように、極めて退廃的な演奏を聴かせてくれます。
Audrey S.の儚いクリーンと鋭利な絶叫が入り混じり、Neigeの絶叫も重なってくる世界は非常に独特。
「Heurt」のようにアグレッシヴでダークなブラックメタルとしての表情も濃いですが、一方で「Video Girl」のようにニューロマンティックかと思わせるほど穏やかなポップス調の曲もあり、ダークな空気感を損なわずにバラエティの豊富さを見せつける逸品です。


amesoeurs.bandcamp.com




20. Der Weg Einer Freiheit / Noktvrn

ドイツの手練れの5作目となる本作は壮麗さを遥かに増した作品となっていますが、彼らならではのブラックメタルとしての攻撃性はいささかも衰えていません。そればかりか、空間を活かした音響の効果により、ポストロックやポストメタルのような聴き心地も付与されています。
前作の地続きのタイトルが収録されていることからもわかるようにコンセプチュアルな側面もありますが、前作を聴かなければ理解できないというような取っつきにくさはありません。静寂パートの神秘的な雰囲気はこれまでの彼らよりも柔らかく、時に寂しさや温かさといった感情的な表現も濃くしていることも、特筆すべき点でしょう。
とは言え、実験的な印象は全くなく、気迫満点なハーシュVoや暴虐的な爆走も鮮烈で、本作のキャッチーさに拍車をかけています。

derwegeinerfreiheit.bandcamp.com




いかがでしようか。この記事は入門決定版!みたいなものではなく、あくまで、「ここからだと入りやすいんじゃないか」というような独断の選出ですので、気楽に楽しんでいただけたなら嬉しいです。
拙著『ポストブラックメタル・ガイドブック』もおかげさまで好評を博していますので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします。