むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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ポストブラック/ブラックゲイズについての所感。

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ポストブラックという世界観が認知されて約10年近く、自分の中の考えがまとまりはじめたのでしたためてみました。


ポストブラックという言葉は非常に難しい。
かつて、ロックのフォーマットに“ポストロック”という定義が生まれた時、“どう説明していいかわからない”と思っていた人も多かったのではないでしょうか。
色々考えた挙句、回答に窮して「Mogwaiのようなもの」「轟音」というように答えた方もいるでしょう。
私もそうでした。
捉え方として賛否あると思いますが、“ポストスラッシュ”としてデスメタルが、“ポストデス”としてブラックメタルがあると考えています。
それぞれの転換期には重要な作品/バンドがあって、それがサブジャンルとしての音楽性が固定化する役割を担いますが、ポストブラックというサブジャンルにもそういった巨大な作品は存在はしています。
それが、Alcest“Souvenirs d'un autre monde”と、Ulver“Shadow Of The Sun”、両作品とも2007年発表というのが奇縁ですね。
つまり、ポストブラックというものが認知されたのが2007年と言っていいのではないかと思います。
ブラックメタルが、ジャンルとして完全に固定化された1994年から数えて13年という不吉の数字であることも面白いですね。
そもそも、ポストブラックの音楽的な定義付けは結構難しく、簡単に言えば“ブラックメタルとしての体裁を保ちつつ様々な音楽ジャンルを内包したもの”であって、この様々な音楽ジャンルというのがメタル以外に限らないというのが非常に大きい。
この、“メタル以外に限らない”という要素を大々的に盛り込んだ作品がAlcest“Souvenirs d'un autre monde”Ulver“Shadow Of The Sun”です。



Alcest“Souvenirs d'un autre monde”
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今作がリリースされた当初、私の周囲でAlcestを見つけたのはメタル好きではなく、オルタナティブロック好きの人が多かったですね。
今作は、ブラックメタルでありながらほぼシューゲイザーに近く、クリーンな作風です。
思い返せば、通っていたタワーレコードでもシューゲイザーとしてポップが書かれていた記憶があるし、盛り上がっていた人にも新しいシューゲイザーのバンドとして手に取っていた人が多かったと思います。
逆にブラックメタルに傾倒していた人ほど、懐疑的で距離を取っていた印象があります。
その理由はやはり、“クリーンな作風である”という一点。
一聴して「メタルじゃないみたい」なのですね。
首魁であるNeige氏は、Peste NoireやCelestiaといったバンドでも知られており、最初期のAlcestもブラックメタルとしての体裁を保っていたんですよね。
そうした彼のパーマネントな作品として産声を上げた今作の特徴は、ある意味セルアウトとして受け取られているのはあるように思います。
今作の特徴は、悲壮的なトレモロに淡く溶け込ませたクリーンVoというもので、この要素がシューゲイザーの特徴とも合致し、シューゲイザー好きの心を捉えました。
ただ改めて聴くと、今作にシューゲイザーに類似した要素はVo以外にあまり存在しないし、そもそもこの時点でNeige氏はシューゲイザーを聴いていないとのこと。(“Spiritual Instinct”リリース時の川嶋未来氏とのインタビューにて。)
では何故、今作が“新しいシューゲイザー”としても見つかったのかと考察すると、シューゲイザーの特徴である“ギターノイズのフィードバック”として、ブラックメタルトレモロピッキングが認識されたのかもしれないということ。
実のところ、シューゲイザーとはノイジーな甘さであり、今作のノイジーな冷たさが同じ位相にあったのだと思います。
事実、今作を転換期として、ポストブラックという言葉と並列して“ブラックゲイズ”という言葉も歩き出していくことになります。



Ulver“Shadow Of The Sun”
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ポストブラックにおける多様化において橋渡しをしているのは、個人的にはAlcestではなくこのUlverであると考えています。
彼らはノルウェーの前衛的な音楽集団として存在しており、ブラックメタルとしての作品は初期の“Bergtatt”(1994)、“Nattens Madrigal”(1997)の2作。
“Perdition City”(2000)以降はプログレッシヴロック的な要素を追求しはじめ、今作“Shadow Of The Sun”で完成されました。
今作において最も特徴的なのは、ノンビートに近い淡く輪郭がぼやけたようなドラムに乗せたアンビエント的な雰囲気が強まったこと。
加えて現実感に乏しい美しいメロディーを強調した作風であり、このメロディーの感触も従来のブラックメタル/フォークの頃に立ち戻ったような印象を与えました。
Voはもはやがなり声や金切り声は掻き消えて非常に紳士的で穏やかなものであり、それがより遠い伝承の世界へ誘うような響きを与えてきます。
今作の下敷きにはBurzumの“Filosofem”といった作品も根底にあると思うが、闇を感じさせない音楽性はひっそりと好事家に受けました。
今作により、“ブラックメタルは必ずしもトレモロや激しいドラムに頼らなくてもいい”という安心感はシーンに生まれたのではないかと思います。



ブラックゲイズとは、Alcestを発端とするシューゲイザーのような感触を付与されたブラックメタルサブジャンルであり、ポストブラックそのものではないですが、ポストブラックに内包されたものとは言えます。
従って、シューゲイザーとはそもそもの成り立ちが違うわけで、個人的な所感では、両者の違いは”現実”か”幻想”か。
シューゲイザーは青春に対しての鬱屈や社会への葛藤といった現実の人生体験のフィードバックといったものが多分にあるんですね。
逆にブラックゲイズは、そういったものとは無縁です。
ブラックゲイズの大元であるAlcestのコンセプト自体、周知の通り「Neige氏の見た夢」が元になっており、幻想的であり白昼夢なものがより強調されたものになっているのが常です。
もちろん演者とて人間なので、自身の体験や思想などが全く皆無というわけではないですが、非常に曖昧にして自身が作り上げた寓話にさりげなく盛り込まれたりといった、あくまで幻想的な世界観を壊さない構築をしているのだと思います。
文学的な印象を受けますね。
そういった世界観の連続はメタルの世界観とは非常に親和性が高いです。
シューゲイザーが、現実的な世相や社会的な面を反映したパンクやハードコアと共振しやすいのと同様に。
そして何より、ブラックゲイズとシューゲイザーの最大の違いは、音の音圧的な強度。
全体的な世界観の淡さや現実感の乏しい幻想的な輪郭の音像とは裏腹に、ドラムやギターノイズの音圧の強さはメタルとしての強度を保っているものが非常に多いですね。
その音を世間に提示してメタルの新たな地平を示してみせたのが、Deafheaven"Sunbather"です。


Deafheaven"Sunbather"
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今作は、ポストブラック/ブラックゲイズにおける、Nirvana"Nevermind"のような作品です。
Alcestの台頭によって、ブラックメタルにも幻想的なものがじわじわと浸透しはじめている中、世間的にそもそものブラックメタルという存在を音楽ファンに知らしめたものは、正直この作品だったと言えます。
それまであくまでニッチなサブジャンルとして、主にメタル好きの間で過激な音楽として知られていたブラックメタルを、メタル好き以外の例えばオルタナティブロックやインディーロック好きにも無視できない存在に仕上げたのが今作におけるPitchforkの評価だと思っています。
今作の特徴は、ブラックゲイズの特徴ともいえる幻想的なトレモロシューゲイザーの轟音ギターに聞こえるまで昇華し、あくまでブラックメタルとして聴かせることに注力しているということ。
バンド自身が今作の評価をどう捉えているかはさておき、メタル好きではないロックリスナーが今作を聴いて受けた衝撃はなかなかのものではなかったかと思えます。
今作の成功が、ブラックゲイズという言葉やジャンルとして完全に固定化されたのではないかと想像するに難くないです。


ポストブラックは一大サブジャンルとして完全に確立していますが、最重要と個人的に思う作品はこの3作。
この3作がなければ、おそらくポストブラックという言葉は造られなかったと思うし、広がらなかったと思います。
勘違いされがちですが、アトモスフェリックブラックやカスカディアンブラックとは完全に異なる文脈だと私は考えているので、似ている部分はありますが、実際のところあまりリンクされていないです。
今後すべての要素を内包した作品が出る可能性はあると思いますし、既にアトモスブラックとポストブラックを並列して名乗っているバンドもいますけど。


以後、自分が好きなポストブラック/ブラックゲイズの作品をいくつか挙げるので、楽しんでいただけたら嬉しいです。


Les Discrets”Septembre et Ses Dernières Pensées”
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タイプとしてAlcestに近い、メタル要素の薄い耽美な音楽性。
ドラムの輪郭の強さや、メロディーのゴシックメタルのような要素にメタル成分はまだ残っている今作は、ポストブラック初期の重要作として挙げる人も多い。


Møl"Jord"
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彼らはDeafheavenにタイプが近い、ブラックメタルとしての骨格を保持したままメロディーの指向性をブライトにした音楽性。
時にやり過ぎなほど凶暴な面を見せるが、非常に繊細さも見せるので二面的な要素を綯い交ぜにした陶酔が心地よい。


Altar Of Plagues"Teethed Glory & Injury"
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異形のポストブラックで、ニューウェイヴやエレクトロニカの要素を含ませ乱反射するように展開していく音楽性で人気を博した。
非常に歪で、凶悪なブラックメタルとしても優れており、DsO以降の精神的なブラックメタルとしての要素も備えた作品。


Lantlôs".neon"
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AlcestのNeige氏の絶叫が聴ける今作を彼らのフェイバリットに挙げている人も多い。
硬質の、孤独感で相手を拒絶するような音像だが、ディプレッシヴブラックとポストブラックの狭間にあるような作品。


Arctic Plateau"On A Sad Sunny Day"
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ブラックメタルの要素がシューゲイザー/ポストロックに溶け込む音楽性が特徴で、極めて牧歌的なアルバム。
どちらか言えばポストロック要素が逆転しているが時折挟まれる絶叫や物憂げにかき鳴らされるトレモロはブラックゲイズと言っていいかと。


Falaise"A Place I Don't Belong To"
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天を衝くトレモロが美しいブラックゲイズであり、神秘的な雰囲気が渦巻く隠れた名作。
悲壮的な空気よりはどこか歓喜の産声を上げているような、そこに差し込む物憂げなタッチが印象的な作品。


Illyria"Illyria"
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ブラックメタルとしての剛性を炸裂させたかと思えば、急激に柔らかな空気を織り込む緩急が素晴らしい一枚。
時にハードコアやクラストの要素も盛り込んだネオクラスト的な佇まいもあるのが個性的。
アートワークもどこかカスカディアン勢にも通じる自然崇拝の要素も濃い。


Trautonist"Trautonist"
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淡い雰囲気のプロダクションで柔らかさを演出しつつ、非常に暗鬱な狂性が息づいた一枚。
ポストブラックを展開しつつも根底にディプレッシヴブラックが脈打っていることがありありとわかる。