むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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Liturgy / 93696


Liturgy / 93696



アメリカのエクスペリメンタル/ポストブラックメタルによる6作目フルレングス。




コロナ禍を経て、いよいよ全貌を現した新作です。ダブルアルバムになっており、力の入れようが伺えますね。
Hunter Hunt-Hendrixは今やHaela Ravenna Hunt-Hendrixへと名前を変え、自身を抑圧していたあらゆるものから解き放った印象を与える作品です。
意味深長な数字タイトルは彼女がよく取り上げる数秘術に因んだものでしょう。本作のテーマはあらかじめ明かされており、「終末論的な天国のヴィジョン」です。本作に行き着くまでの全てのアルバムは、アートワークやアルバムのタイトルがリンクしているようです。
LPでは4枚組で4章仕立てになっており、1は「Sovereignity(主権)」、2は「Hierarchy(階層)」、3は「Emancipation(解放)」、4は「Individuation(個体化)」とされています(CDは1+2、3+4の2枚組。当エントリーはCDについて書いています)。これは、「主権は階層に抑圧され、それが解放されることで個が確立される」、というような解釈を私はしました。
とは言え、各章ごとに音の指向性がガラッと変わる作品ではありません。
一聴して、彼女らの代名詞でもある複雑で哲学的、思惟するようなメロディーや音の構築以上に、本作の肝はドラムによるプリミティヴなグルーヴだと思います。
この炸裂する、爆発するような「Burst Beat」とメンバーが呼称する乱打するようなドラムを全面に押し出している印象です。
加えて、前作以降に体得したと公言している高音域のソプラノも多用し、従来のグリムVoやヒステリックな叫び声と合わせて様々な歌唱を、M-2(DISC1)「Djennaration」から存分に堪能できます。この曲は、寸断したビートをループさせることで痙攣のようなショックを聴く者に与えたりといった手法が功を奏しており、過剰な情報量への身構えを解くようなものになっています。
全体の印象としては、『H.A.Q.Q.』の雅楽みたいな音階や、『Origin of the Alimonies』のオペラなど様々なスタイルを包含し、Cynicや一時期のMogwaiなどのヴォコーダーを駆使したVoワーク、ポストロックのダイナミックな曲展開、エレクトロニカグリッチノイズによる可憐さなどが挙げられるでしょうか。
それらがやりすぎなほどのLiturgyのドラムで盛り上げられ、M-5(DISC1)「Haelegen II」のように最初から最後まで最高潮のテンションを保持した曲も多いです。
衝動性の強いドラムと乱反射するようなリフが渦巻くM-6(DISC1)「Before I Knew the Truth」はLiturgyの持つ凶暴な側面をコンパクトにまとめてキャッチーに聴かせる単純な楽曲の強さも過去一です。この際立たせ方は、Steve Albiniの手腕によるものでしょうか。
バンド演奏の強度もインパクトありますが、本作ではエレクトロニカアンビエントから吸い上げた楽曲も多く、M-1(DISC2)「Angel of Emancipation」では侘び寂びを感じるピアノに牧歌的なエレクトロノイズが噛んで福音をもたらすような感覚を味わえます。
凶悪でノイジートレモロと炸裂するようなドラムが絶叫やコーラスと絡み合うM-2(DISC2)「Ananon」、リズミカルなドラムや躁的な心境を去来するような音質のギターが複雑に弾き倒されるM-3(DISC2)「93696」は組曲のように仕立てられ、テーマの通り解放的な雰囲気が充満した印象です。
祝祭的なムード漂う第4章となるM-4〜7(DISC2)は、全体で一つの曲と成しているわけですが、『The Ark Work』のような実験的で感傷的な雰囲気を持ち、最終的にLiturgyのデビューEPの続編あるいは結となる祝福に満ちたコーラス「Immortal Life II」が爽やかに幕を引きます。
さらに日本盤ボーナストラックである「संसार」が産声を感じさせるエンドロールで余韻に浸らせてくれます。この「संसार」は「名詞」という意味であり、階層により抑圧された主権が解放されることで個体化し、最終的に名を得たと考えると、何ともコンセプトを解したボーナストラックの配置位置だなと思いました。
理解することに時間を要する作品であると思いますが、自由さとは何か、Haela Ravenna Hunt-Hendrixの様々な紆余曲折を鑑みると、哲学的な思惟に耽られるアルバムであると思います。
誰にでも気軽に薦められる作品でもないですが、ブラックメタル室内楽を折衷し、不協和音のオーケストラとして仕立て上げたLiturgyの手腕が見事に結実した大傑作ですね。
『The Ark Work』のアートワークとリンクしているようなカバーも大変印象的。
いつにも増して難解ではあるものの、聴けば聴くほどに、本作に仕掛けられたギミックが楽しく馴染んでくるので、思想や哲学は脇に置いても、音楽的にも非常に面白い作品ですよ。



Disc 1 - Sovereignity and Hierarchy
1. Daily Bread
2. Djennaration
3. Caela
4. Angel of Sovereignty
5. Haelegen II
6. Before I Knew the Truth ★
7. Angel of Hierarchy
8. Red Crown II

Time/36:10

Disc 2 - Emancipation and Individuation
1. Angel of Emancipation
2. Ananon
3. 93696 ★
4. Haelegen II (Reprise)
5. Angel of Individuation
6. Antigone II
7. Immortal Life II
8. संसार

Time/48:46

(2023/Thrill Jockey Records) ※Disc2/M-8は日本盤ボーナストラック

Score:10/10

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