むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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怪談は情緒を攪拌する起爆剤である。 / 2023.5.20情緒不安定


5月20日、新進気鋭のイベンターとして注目を集めるまことさん主催の怪談会『情緒不安定』を観てまいりました。
何だか自分の情緒や琴線に触れるイベントでしたので、備忘録としてライヴレポートのようなものを書きました。
基本的にこのブログは音楽のことしか書いていないのですが、たまには他のものも。
怪談会のライヴレポはあまり存在していないので、怪談会に来たことがない、興味のある方に少しでも空気を感じていただけたなら幸いです。



怪談会『情緒不安定』は、
怪奇少年団(ウエダコウジ、富田安洋)
くだぎつねの会(クダマツヒロシ(借)、八重光樹(元やえがしたまも))

の怪談ユニット2組が出演のイベント。
4人はほぼ同時期にclubhouseで怪談をはじめた同期であり、仲が良いことでも知られているが、この4人が一堂に会してイベントをするのは、実は初めてなのだそうだ。
ウエダコウジさんやクダマツヒロシさんの怪談は何回か生で見たことがあったが、富田さんと八重さんは生で観るのは初めてだったので、非常に楽しみだった。
さて、怪談である。個人的に怪談というのは、非日常を脳内に降ろすような感想を持っている。それは、映画を観る、音楽を聴く、本を読む、ということと、私にとっては同義である。そして、怪談会は音楽におけるライヴと同じ捉え方をしている。
ライヴは演奏で得た感情を外へと解放する感覚で楽しんでいるのと違い、怪談会は得た物語を自分の中に降ろして反芻して内向きで楽しむ。
自分にとっていわば陰と陽なのであり、そこに霊や怪異の実在/非実在は特に関係なかったりする。
フィクションと割り切って楽しむ映画やゲームと違い、生で聴く怪談は現実との境界は曖昧だ。モニター越しで観覧する怪談とも少し趣が異なる。怪異や現象を信じる信じないにしろ、演者の語りは「あるのかもしれない」非日常として、現実に侵食してくる感覚がある。
それは恐怖かもしれないし、哀切かもしれない。勧笑かもしれない。つまり非日常の隣接によって、情緒が不安定になるのである。



当日、16時には会場付近に着くように家を出たが、肝心のスマホを忘れて取りに戻ったりして、少し出遅れた。
古典怪談師の満茶乃さんが私の直後に来られたので、少しお話しながら会場入りしてその時を待つ。
関西怪談界でもその名を知られている神原めぐみさんや、最近はイベントで怪談を話す場面も増えている妖怪イラストレーターmeRryさん、若手ホープとしても頭角を出してきた武田メイさん、怪談ショーレース『クダマツヒロシ』でクダマツヒロシさんを下した現クダマツヒロシこと佐伯つばささんも来場している。怪談会は、怪談師も客としてよくいる。



17:00開演である。
怪談会というのは、基本的には温和でアットホームな空気ではじまることも多い。怪談で、怖い話、ということからおどろおどろしい、終始重苦しい空気なのではないかという疑問を筆者の周りでもよくぶつけられるのだが、それは大いに誤解である。
特に今回は、機材のトラブルといったアクシデントを演者のトークで和ませるということもやっていたし、笑いも絶えない。そもそもの巨匠、稲川淳二御大も自身の公演で笑いを取るのは忘れない。
『情緒不安定』で場を回す、ということを印象付けていたのは、八重光樹さんだった。4人ともスペースやYouTubeを観ればわかる通り、MCスキルが割とある。事前にMC担当は八重さんという打ち合わせがあったのかは定かではないが、仕切りと回しの安定感が凄くて、危なげなく場を繋いでいた。
ただそれは、怪談がはじまるまで。
演者が怖い話をしだすと、確かに場の空気は一変する。冷気が漂う。これは、MCで場を和ませたバンドがドラムでカウントを取った瞬間に豹変することとよく似ている。表情も変わる。この落差に、いつも引き込まれるのだ。



第一部はフリーテーマで、普段よくある怪談会形式で進行していく。トップバッターはウエダコウジさん。怪談がはじまるといつも黒いライダースを着ているので勝手にステージ衣装だと解釈しているが、ウエダさんの語り口はものすごく柔和だ。
そのソフトで優しいとも言える語り口だが、存外淡々と聴く者のうちに滑り込んでくるような、あるいは幼少期の寝物語のような聴き心地を与える感じ。
そして、富田安洋さん。彼は大柄だが威圧感の全くない、いわば親戚あるいは近所のお兄さんみたいな気安さで語りかけてくる。子供のころ、近所の兄ちゃんに集められて怖い話やらゲームやらした思い出がないだろうか。富田さんの語り口は、そういった場を思い出させる雰囲気を作ることに長けている。
次に、クダマツヒロシ(借)さん。彼の語り口は非常に淡々としている。さっぱりとしていて、えぐみがない。そこに油断をしていれば、えげつない話を放り込んできたりする。特に恐怖を煽るような怪談をする時は、不思議と目から表情が消える。高田公太さんをして「黒目」と評された眼差しで、じーっと聴衆を睥睨するような不気味さがある。
最後に、八重光樹さん。優しそうな顔立ちと圧倒的な声の良さで、耳滑りよく厭な話をぽんぽんと放り込んでくるという印象通りの怪談だった。実験的にグロウルを使うなど、怪談に何か違う手法を注ごうとしている野心も感じる。この日に限っては、3話とも厭な後味というか、正統的に「怖い」と感じる話を貫いていた。



第二部は、この怪談会のテーマ『情緒不安定』な怪談。これは、「喜」「怒」「哀」「楽」4つのカードを演者が引き、引いたカードのテーマに沿った怪談を披露するというもの。どのカードが当たるかわからないので、当然同じテーマが二度連続で当たることもある。当然、テーマが得意なものとは限らない(実際、クダマツさんは自身が苦手と語る「怒」を連続で引いていた)。
「喜」は笑えるもの、ファニーな怪談。「怒」は後味の悪い厭な話。怒りなど負の感情が伝わるもの。「哀」は聴いていて切なくなる話。メランコリックな怪談。「楽」はフリーテーマに近く、演者が話していて「楽」しくなるもの、十八番。
この試みは聴いている側からしても大変興味深く、ライヴ感を感じる演目だった。話を聴く側はもちろんそうだが、演者の方はどのカードが当たるかわからないためにテンションのもっていき方に苦心していたような印象がある。特にクダマツさん。
インプロヴィゼーションのような感覚があるのだ。
二巡だが、終わるころには演者も聴く側も一種の一体感と疲労感と満足感が押し寄せてくる。これもライヴと同じである。
ただ、音楽のライヴとは違い、怪談は歓声は上がらない。もちろん、あまりの恐怖に息を呑む声があったり、笑い声があったりもするが、基本的に聴衆は与えられた話を咀嚼し、静かに飲み込む。そして家路について反芻し、恐怖を思い出し、身を震わせるのだ。
『情緒不安定』も同じ。このトークテーマにおいてバランサーの役割を担っていたのは富田安洋さんだった。一部とは違い、彼は二部では二話とも緩急の「緩」であり、他3人の話の恐怖を中和するような話を放り込み、存在感を示していた。話す内容は非日常なのに、どこか安心する日常に引き戻してくれるような感覚があった。



交流会についてはほとんどただの飲み会で楽しいだけだったので割愛するが、こういう場で客から怪談師が怪談を聴いて「怖い」となる風景も、怪談の原風景で楽しい場である。




さて、ここからは各話についての自分の感想を勝手に述べていく。便宜上勝手な仮タイトルつけているので平にご容赦を。


1. ウエダコウジ / 霊感の継承
霊感というか、そういったセンスが継承/遺伝するというのはフィクションでもよく聞くが、実際はどうなのだろうかと思った。
霊感の強さ、勘の強さが遺伝するのは理解ができる。ただ、自分の霊感が弱まると同時に子の霊感が強まる、という継承のような話で色々考察が捗る。霊感の目覚めについても、恐怖体験が原風景となって巣食っている場合も多いのかもしれない。そう考えると、時々霊感というものが自分に内在するものじゃなくて、外部のものの作用の気がしないでもない。そんなことを考える怪談だった。


2. 富田安洋 / 俯瞰
この話の怖いところは、夢自体が「何者かの視点なのかもしれない」ということである。誰しも、自分が見る夢に存在しているものに見覚えのないものがあることがあるだろう。深層に沈んだものだろうが、万が一そうではなかったとしたら。夢に出てきた女に捕まってしまったらどうなるのだろう。「変わって」しまうのだろうか。そして、ゆのさんを指差した少女の意図が全くわからなくて、非常に不気味だった。そもそも、この少女はどこから現れてきたのだろう。


3. クダマツヒロシ / ミニチュア(正式タイトル「予兆」)
意味不明な展開で魅せるが、SF的というか、ある種の神性を感じる話だった。なぜ彼女のマンションだったのか、なぜトングだったのか、俗っぽさが疑問を生じさせる。現実のものを象徴する道具に何かをすれば、現実に影響が出る。なるほど、神話的な話ではないか。だが、起きた結果は非常に禍々しい。母親に擬態した何かは神だったのか、魔物だったのか。トングとガスコンロというワードで、不思議とスーパーに買物に行っていた母親を象徴している印象も受ける。もしかすると、別の場所に出かけていれば、また違うものを焼いていたのかもしれない。


4. 八重光樹 / 無音の女
何とも不気味で、ストレートに怖い話である。何もかもが謎で、陰鬱で、禍々しい。ただ、途中の描写で思ったのは爆撃で焼かれた人、というイメージ。もしくは、火から逃れようとして川に飛び込んで溺れた人。ただ、そのものについてのいわれがほとんど皆無なので、考察がすごく捗る。そこの駅に憑いていた霊かもしれないし、もしかするとその女性に憑いているのかもしれない。そして、響き渡るグロウル。亡者の叫びとして使うと怪談との親和性が非常に高いなと思った。


5. 「喜」 ウエダコウジ / お姉さん
シンプルにハートフルな話だった。死者の魂は死んだ時分の年齢で固定されるとか、思った通りの年齢に若返られるとか、そういう話は聞いたことがあるが、実際は我々が死ぬまでわからない。わからないが、何とも夢のあるいい話だった。特に休憩を挟んだとはいえ、第二部のオープニングを飾るにふさわしい。ただ、自分の場合だと、確かに元気だった時代の両親に化けて出てほしいなという気持ちになった。


6. 「怒」 クダマツヒロシ / 喫煙室の軍靴
人は残業で狂うのか、それともそもそも狂った人だったのか。喫煙室にいた兵隊のようなものは何だったのか、若干の悲哀を感じる。狭い喫煙室にそれだけの人数が押し込められることで、捕虜のような印象も受ける。それを悪意で煽る人の醜悪さ。そんなようなものが感じられる、何とも言えない話だった。カワイさんはやりすぎたのだろう。もしかすると、七人みさきのようなものだと考えると、ゾッとした。悪意の結果、そのものに取り込まれる、というのは救いようがない。


7. 「哀」 八重光樹 / 鳥かご
大量の鳥が死ぬという話で、起きたことの背景を考えるとしんみりとしてしまう。してしまうのだが、故人が全てを引き連れていってしまうというのは悲しみよりも個人的には何とも言えない後味の悪さを覚えた。特に、世話をする人がいないからではなく、いたにもかかわらず、というのが。それとも、鳥が殉死したのか。どちらから解釈するかで、覚える感慨が全く違うのが面白い話だった。特に自分も鳥は身近にいるので、色々考えこんでしまった。


8. 「楽」富田安洋 / カマキリ
物凄くインパクトあって、面白い話だった。特にカマキリが人の魂の象徴というのをはじめて聞いたので、驚いた。ただ、この話を聴いた後に調べてみると、カマキリにはギリシャ語で「預言者」という意味もあり、また「praying mantis」という言葉もあることから、カマキリのしぐさが何らかの所作を思い出させるのかもしれないな、と思った。


9. 「喜」富田安洋 / プロ金縛リスト
これもまたインパクトある話で、金縛りのバリエーションも色々あるな、と思える話だった。ウミガメはともかく、その犬が何なのか本当にわからない。想像する絵は滑稽なのに、考えようによってはその状況自体はものすごく怖い。笑えるのに、怖い。この話を嬉々として提供する青山さんも怖い。これぞ情緒不安定というような話。オチのエピソードは、不思議と、映画『学校の怪談』に出てくる人面犬を想像して面白かった。ウミガメの話は、青山さんの家が元々砂浜だったのかな、とか色々想像した。


10. 「怒」 八重光樹 / 球体
序盤に出てくる「スク水」というワードから一気に叩き落される厭な空気が凄かった。死神を題材にした話は古今東西あるが、これはそれが聴いたものにも伝播するかもしれないという後味の悪さが悪意満点である。また、この直前の富田さんの話との相乗効果で、悪意が際立って叩きつけられるような感覚に陥った。また、その死神の即効性が速すぎてこの話を聴いた後、黒い球を見るのが嫌だな、と感じた。特に、これを聴いた後に身内や親しい人にそれが見えると考えると、とても怖い。


11. 「哀」 クダマツヒロシ / ビンタ/飛び降り
個人的に、『情緒不安定』で一番響いた話だった。「愛は哀になって、哀は愛になる」というような言葉が、この二編を聴いているとぐるぐると脳内を回っていた。どちらの話も、家族の愛情を感じられる、不思議な話だった。特に2つ目は、彼女の気持ちだけ死んだという解釈もそうだが、亡くなったお母さんが彼女のふさぐ気持ちを連れて行ってくれたのかもしれない。今回の怪談会はストレートに怖い話とトリッキーな話が多い中、この2つの話はとてもメランコリックで染み入る話で印象的だった。


12. 「楽」 ウエダコウジ / 電車の運転士
最後の最後に、ウエダさんがとても楽しそうにこの話をしていたこと自体が、たぶん視聴した人現場で観覧した人みんなが「怖い」と思ったことだろう。1つ目はホラー映画さながらのグロい絵面で、想像するだけで厭な気持ちになった。2つ目もスプラッタなのだが、謎めいた展開で物凄く怖い。彼が見た這ってきた女性は想いの強さだったのか、残像だったのかわからない。そして疎遠になったアダチさんは今現在健やかなのだろうかと思える話だった。





最後に厭な後味をドロップするフリーダムな構成も「ザ・怪談」といった様相で楽しめる、満足度の高い怪談会でした。怖いのとそうでないのの落差が激しく乱高下する、完成度の高い演目でもあると思います。
残念ながらこのエントリーを公開する頃には配信アーカイブも終了目前ですが、怪談会がどのようなものかは怪奇少年団が公開したダイジェストを観れば一目瞭然なので、ぜひ足を運んでみてほしいです。
今は怪談ブームというかムーブメントの最中なので、大小さまざまなイベントが毎週のように企画されているので。


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怪奇少年団公式YouTube
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くだぎつねの会公式YouTube
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富田安洋さん公式YouTube「富田安洋の怪談GEEKS」
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ウエダコウジさん公式YouTube「ウエダコウジのこわいこわいばぁ!」
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クダマツヒロシさん公式YouTube「クダマツヒロシの怪談チャンネル」
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八重光樹公式さんYouTube「八重 光樹の怪談シンセカイ」
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