むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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明日の叙景 / アイランド


明日の叙景 / アイランド



日本のポストブラックメタルによる2作目フルレングス。



『わたしと私だったもの』『すべてか弱い願い』と、作品を重ねる毎に洗練されていく彼らの作品は、カバーアートのインパクトも相俟って徐々に話題を集めていました。
本作『アイランド』はその極致とも言え、アニメのカバーでまず目を引きますよね。陽子というイラストレーターの作品のようです。個人的には、CLAMP作品を思い出しました。次に思い出したのは、2000年代にオタクカルチャーを席巻した美少女アダルトPCゲーム、いわゆるエロゲーです。
そのため、年代によっては手に取りづらいという意見も散見されます。ただ、本作に関するインタビュー記事を読む限りでは、それらは彼らの通ってきたルーツを辿る上で避けて通れないものだったことが伺えます。
彼らの描いてきた世界観は、セカイ系を一貫して根幹に置き、俯瞰していた印象がありましたが、本作ではそれをさらに踏み込んで表出させたというか。いよいよ隠しきれなくなったという感想をまず持ちました。
音楽的にも、ブラックメタルや激情ハードコアが基盤にあるのは当然として、THE BACK HORN凛として時雨、さらにLUNA SEAやL'Arc~en~Cielといったバンドまで透けて見えるのもその影響なのかな、と。
これらの音にもセカイ系というのが前後はともかくとして横たわっているのは体感としてあるので。
それらを踏まえると、本作で度々出てくるポエトリーパートはいかにもそれっぽいですよね。
本作のテーマにある「夏」というのは、ヘヴィなギターが夕立を呼び起こすような感触のM-1“臨界”からしっかりと根付いています。
ポストブラックメタルが「夏」を想起する作品群をブラックメタルでありながらリリースするのは実は珍しいわけではありません。
Deafheavenはもちろん、Lantlôsも直近のリリースは自ら「夏をテーマにしている」と公言しています。
そして、本作における「夏」は、日本人の幼少期を占めるであろう「夏、おばあちゃんちで過ごす夏休み」あるいは「夏休みのラジオ体操」みたいなそんな雰囲気があります。これはある意味、土着的と言えるのかもしれません。
前のめりに噛みついてくるVoとプリミティヴなトレモロからLUNA SEA辺りを過ぎらせるリフに繋げるメランコリックなM-2“キメラ”、Boards of Canadaを彷彿とさせる夏の薫りを刻印した残響が美しいエレクトロニカ調のインストゥルメンタルM-3“見つめていたい”、ミドルで雄大なリフワークを複雑なリズムを絡ませて転がしていくM-4“土踏まず”、ダンサブルに叩かれるドラムと開放感たっぷりのメロディーが真夏の日差しの爽やかさを思わせるM-5“歌姫とそこにあれ”と、完全にこれまでと異なった次元に立っていることを提示しています。
正直言えば、『すべてか弱い願い』までとは様相が異なっていて戸惑うファンもいそうなくらい明るいわけですが、この明るさをしっかりブラックメタルに昇華できているのが素晴らしい。
明るいと言っても根明的な感じがあまりしないのがもう逃れ得ない宿命というか、少し微笑ましく好ましくなるくらい。
速いスピードで刻まれるトレモロや骨太のベースラインでゴリッとした感触を残すM-6“美しい名前”、一転して夕立を呼び起こす雷のような威厳に満ちた冷たいメロディー渦巻くブラックメタルらしいM-7“忘却過ぎし”、渦を描くような重厚なディストーションギターの隙間から甘やかなメロディーが立ち昇るM-8“甘き渦の微笑”、前曲までの狂騒の熱を冷やすような官能的な鳴りに支配されたギターインストM-9“子守唄は潮騒”と、クライマックスに向けての高まりも十二分です。
本作の先行を切った今までにないくらい明るいトレモロが話題を集めた爽やかなメロディー感とポエトリーリーディングに続く鮮烈なエモーショナルなブラックゲイズM-10“ビオトープの其処から”、本作を総括する台詞回しからはじまる、どこか新海誠作品のような郷愁を滲ませ爆走する激烈なブラックメタルで幕を下ろすM-11“遠雷と君”と、ぐうの音も出ない完成度を誇るアルバムです。
四つ打ちのポストパンクの薫りが感じるのも、ヴィジュアル系のルーツだけでなく、ポストブラックの源流にもポストパンクが横たわっているので、結構しっかりと咀嚼している印象がありました。
マスタリングを手掛けたLewis Johnsの手腕でゴージャスでソリッドなプロダクションに仕上がっているのも個人的には刺さりました。彼はHexisやEpiphanic Truthといったバンドも手掛けており、激情ハードコアやエクストリームメタルにも精通しているのも伺える出来栄えです。
もちろん、ブラックメタルとしてモダナイズしすぎたという所感も少しはありますが、そこはもう好みかそうでないかというところに落ち着いてしまえる感覚ですね。
「まだそこまで猛暑ではなかった爽やかな夏」というかつての郷愁を呼び起こすと共に、モラトリアムに寄り添っていたセカイ系の残滓を感じさせる大傑作です。
本作は、不思議と田中ロミオ作品や新海誠がいた頃のminoriを思い出させるというのも、興味深いですね。
日本人だからこそ、というよりは、やはりセカイ系が当たり前に思春期の脇にあったからこそ生まれた一枚。



1. 臨界 / Heavenward
2. キメラ / Chimera
3. 見つめていたい / Gaze
4. 土踏まず / Footprints
5. 歌姫とそこにあれ / Diva Under the Blue Sky
6. 美しい名前 / Beautiful Name
7. 忘却過ぎし / The Forgotten Ones ★
8. 甘き渦の微笑 / The Sweet Smile of Vortex
9. 子守唄は潮騒 / Tidal Lullaby
10. ビオトープの底から / From the Bottom of the Biotope
11. 遠雷と君 / Thunder
(2022/自主制作)
Time/52:17


Score:10/10


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