むじかほ新館。 ~音楽彼是雑記~

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BUCK-TICK / ABRACADABRA

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BUCK-TICK / ABRACADABRA



日本のロックバンドによる22作目フルレングス。


BUCK-TICKは、不思議なバランスで成立しているバンドです。
そもそもの音楽性からして、けばけばしくなるスレスレの線上に触れるほど過剰なまでの毒々しさを隠すことなく、さらりと聞き手の裡に滑り込ませることに長けています。
紳士的と言ってしまえるほど、毒気の嫌味のなさのバランスも、なかなか類を見ないです。
毒気が退廃となるまで昇華されているので。
デビュー以降今日に至るまで、自らの色を保つばかりか時代に沿うた増幅を厭わず拡張し続ける、ロックバンドとして理想的な活動をしていることからも、バンド内の力学も奇跡的なバランスで均衡していることが伺えます。
思えば、“RAZZLE DAZZLE”以降10年代の彼等は暗黒的でインダストリアルの意匠を強めつつもどこか祝祭的な雰囲気を纏っていて、世界的な流れに微妙に沿いながら着々と今作への布石を散りばめていたように思えるんですね。
何しろ、今作の幕開けを飾るM-1“PEACE”のあまりに無垢な世界と今作のアートワークに、とうとう今作はコロナ禍只中で逃避を描いた祝祭をぶち上げるのかという、一抹の不安を抱いたのは事実。
ただ、今作はそうではないです。
あえて祝祭的な空気を張り巡らして現実感を消失するような音作りを崩さず、徹底して生々しい、彼らがデビューした時期に回帰するかのような世界観を提示しています。
これは野太いビートの中で雄々しくも美しい歌を張り上げるM-2“ケセラセラ エレジー”の表題の付け方からも想像しました。
何しろ、「なるようになる悲歌」ですからね。
90sインダストリアルを更新した音で躍り狂わせながら言葉の端々に初期のBUCK-TICK節を感じさせるM-3“URAHARA-JUKU”における櫻井氏の悲痛さすら感じさせるVoは彼には珍しい怒りすら込められているよう。
魔王の怒りを鎮めるかのように魂を捧げるかの感慨を抱く抑制されたダビーなグルーヴが心地好いM-4“SOPHIA DREAM”の独特のメロディーに、今作の表題“アブラカダブラ”が機能しはじめ、櫻井氏の圧倒的な歌唱が夜の砂漠を再現した音の上でゆらりと揺らめく幻想的で美しいM-5“月の砂漠”が一層の煌めきを深くしていきます。
そして耳に残るファニーなビープ音に妖しいメロディーと共に淡々とそそのかす今井氏のVoに反して一気に憤怒に振り切った櫻井氏の咆哮が轟くM-6“Villain”に、聴き手の感情はいきなり動と怒に起こされます。
いつも紳士的かつ超然としている櫻井氏のここまで嫌悪と憤怒を剥き出しにした歌唱もあまりないのでは。
“Villain(悪党)”と“己の糜爛の精神=爛れて病んだ魂”をかけた歌詞も会心の一撃だな、と。
冷たく透き通るギターにうちひしがれているようなVoが淡々と躍動する太鼓に収斂していくバラードM-7“凍える”にもさりげなくグリッチのようなノイズが彩られているのはさすが。
ふくよかで禍々しいワルツを踊るM-8“舞夢マイム”にはどこか江戸川乱歩夢野久作を想像する倒錯して糜爛する世界観が淡々と描かれており、BUCK-TICKの真骨頂とも言える退廃に倦んでいます。
心地好くドライヴするベースとドラムの息の合った演奏に何故だかEllen Allienを想像してしまったM-9“ダンス天国”ではテクノ/IDMにも精通している彼らの今のリズムアプローチをあえて昭和的な言語感覚で表現しています。
このタイトルで、V系ロックの音楽史的な旨味が全て封じられている曲に仕上がっているのも非常に興味深い。
ズタズタにギターを切り刻むようなM-10“獣たちの夜”の躁的なテンションは10年代のBUCK-TICKを総括するに相応しい曲に仕上がっているし、続くM-11“堕天使”も同様に、淫靡な歌い回しにうっすらと這わされるキーボードとノイズの塊は前作辺りの彼等から地続きになっています。
そして一瞬“十三階は月光”の彼等に立ち戻ったようなゴシカルかつ開放的というアンビバレンツな音世界を展開していくM-12“MOONLIGHT ESCAPE”の低音の色香は櫻井敦司の更なる高みとすら言える歌唱に到達しています。
それ故に、M-13“ユリイカ”におけるBOOWY直系の音からスタートしたことを再確認できるビートロックは、33年付き合ってきたバンド、ファン全てに対してのご褒美とすら言えるほどの懐かしい空気に満ちていて今作のハイライトとして機能しているんですよね。
この曲の燃え尽き方は堂に入っていて、これまでのBUCK-TICKを完全に総括した上でこれからの20年代を見据えたアンセミックな色合いに満ちています。
なのにこの曲の別離への餞別的な雰囲気の濃さがね、凄まじいんですよね。
そして今作の狂騒と混乱を優しく包み込むM-14“忘却”は、本邦ロックにおける魔王たるBUCK-TICKの見せる深い優しさに満ちており、おそらく意図して今のこの混沌を俯瞰して肯定して今作を〆ています。
今作の曲の配置は聴いていると、無秩序なようで実に秩序的に進行しています。
この音の俯瞰は、前のめりにいくでもない、彼らの歌謡的な親しみやすさをバキッとしつつも重すぎない低音とふくよかな中音でくるませることでポップでありロックであり、歌謡でもある独特の表現に仕上がっています。
彼らほどのベテランともなれば、アルバム自体が自然とコンセプチュアルなものになったりするのですが、“PEACE”で天にほどけて“忘却”で地に足を着ける今作は聴けば聴くほど意図はされているのかな、と思いました。
自分は、今作は疫病による熱に浮かされた祝祭(非日常)を飲み込み、それを新しい起点に据えた現実(日常)を送らなければならない、と解釈しました。
そう考えれば考えるほど、祝祭的かつ逃避の音楽としての作品になるのかなとの予想とは真逆の、かなりシビアな現実的な決意表明にも近い作品に仕上がっています。
だからこそ、彼らの主戦場たるステージを今作前後で解禁して探って模索しているのかな、と。
この本邦ロックにおける最高峰に位置づけられるであろう作品が、オリコンのアルバムチャートで1位を獲ったそうで、非常に喜ばしいですね。
このようなロックバンドが第一線に君臨し続けるのは素直に誇れると私は思えます。
改めて凄いバンドが日本にもいたんだなと発見/再発見するに足る大傑作ですね。



1. PEACE
2. ケセラセラ エレジー
3. URAHARA-JUKU
4. SOPHIA DREAM
5. 月の砂漠 ★
6. Villain
7. 凍える
8. 舞夢マイム
9. ダンス天国
10. 獣たちの夜
11. 堕天使
12. ユリイカ
13. 忘却
(2020/Victor)
Time/58:18